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株式会社ニュースコム -コムリンの何でもチャレンジ!!

日本三奇矯 名勝猿橋清掃活動へ行ってきました!

  • 投稿者: コムリン
  • 2009年10月17日 17:01
  • 徒然日記

saruhashi1.jpg日本三奇矯をご存じでしょうか?そのうちのひとつが大月市にある「猿橋」という事は知っていても、他の2つを答えられる人は意外に少ないと思われます。
実はいくつかの説があるようですが、猿橋と岩国の錦帯橋は当選確実として、残りの一枠を日光の神橋や徳島のかずら橋等が「我こそが三奇矯」と主張しているようです。
その猿橋で、毎日新聞社が主催している「全国一斉清掃」の一環として、清掃活動が行われました。

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植松努さんの講演会

  • 投稿者: コムリン
  • 2009年9月24日 19:46
  • 徒然日記
今週の土曜日に植松努さんの講演会が、県立文学館で行われる。
誰?と思う人も多いだろうけど、とにかく凄い人だ。
北海道の小さな会社にも関わらず、NASAと取引をしていると言えば、その凄さは解って貰えるだろうか。
この方の考え方や実践している事は、全く言っていいほど私と同じだ。
ただ、私はこの人ほど論理的に考える事は出来ないし、経験も少ないので、実際は遠く及ばない。
世の中は広い。
そして、まだまだ可能性に満ちている。
未来の子供達の為に、是非皆さんにも聞いて欲しい。
フライヤーはこちら↓
uematsu.pdf

夢京橋キャッスルロードへ行ってきました!

  • 投稿者: コムリン
  • 2009年9月19日 19:12
  • 徒然日記
山梨県を良くしたい!県都甲府を暮らしやすい街にしたい!と常々感じている今日この頃ですが、そんな私にも同じ志を持つ仲間がいます。
そして、業種や立場が違うこの仲間達5人で「マナブ会」という会を結成し、自分達に何か出来ないだろうか?と毎月勉強会を行っています。
そんなマナブ会ですが、誰に頼まれた訳でもないのに休日を利用して、地域活性化に成功した彦根市の「夢京橋キャッスルロード」の視察に行ってきました。

彦根市がどんなところかというと・・・。
「井伊氏彦根藩のお膝元で、大藩がひしめく京都周辺でも有数の城下町として発達した。滋賀県東部の商工業の中心で、かつては大津市に次ぐ県下第二の都市だった。そのため現在も彦根地方気象台、滋賀大学、裁判所など各種機関が集中している。また中山道沿線には高宮宿と鳥居本宿の宿場町が栄えた。『彦根』という地名は天照大神の御子イクツヒコネが活津彦根明神として彦根山(現在の彦根城)に祭られたことに由来するとされる。『ウィキペディアより抜粋』
現在の人口は111,343人(2009年8月1日現在の推計人口)と甲府市の約半数ではあるが、大阪市や京都市のベッドタウン化が進んでおり人口は増加傾向。」
人口が増加しているとは・・うらやましいですね。山梨県は年々減少傾向ですから・・・。

視察は有料道路の割引きを考慮し、1台の車で乗り合わせていきました。彦根市までは約4時間のドライブとなります。
そして、すっかり運転を他人任せにし、途中のPAでキャラメルフラペチーノを堪能しつつ、順調かつ快適に彦根市に到着です。
彦根城のすぐ袂にある「夢京橋キャッスルロード」に着くと、早速話を聞くことになりました。
我々の図々しいお願いを快く受けて下さったのは、キャッスルロードで駄菓子屋を営む、本町地区まちなみづくり検討委員会副会長の北村久雄さんです。



彦根市本町は、慶長8年(1603年)彦根城の築城に並行して城下が建設されたとき、町人の居住区の町割を本町から割始められたという歴史的に由緒ある町との事。
しかしこの町を南北に縦断する都市計画道路本町線は、城下建設当時の6mの道幅で、現代の交通事情に対応することができず、昭和60年度(1985年度)から街路整備を実施することになりました。
まちづくりは、あくまで住民主導で進め、行政はアドバイザー役に徹し、過去の姿にとらわれず新しい時代にマッチした城下町づくりを目指し「古いよさを生かした新しい活気のみなぎるまち」をコンセプトに、取り組みがスタートしました。
沿道の住民は、何度も何度も話し合いを重ね、時にはぶつかり、昭和63年(1988年)4月に都市計画が決定となりました。
都市計画が決定した後もさまざまな壁にぶつかり、北村さんも相当苦労されたようですが、「必ず町が良くなる」という確信と強い意志でリーダーシップを発揮し、平成11年(1999年)5月に完成となりました。
「目的を成就させるにはエナジーとセンスとタイミングの3つが必要だ」と友人に教わった事がありますが、北村さんの話を聞いていて、まさにその3つの要素がしっかりと存在していたのだと感じました。
そして、そのチカラは、国宝である彦根城に来る年間50万人の観光客を全く誘引出来ていなかった商店街を、年間45万人誘客する夢京橋キャッスルロード生まれ変わらせたという事です。
今後は観光客のリピート率を上げる為の施策に力を入れていくとの事ですが、「国宝・彦根城築城400年祭」のイメージキャラクター「ひこにゃん」が、まさに招き猫として活躍し、彦根ファンをつくっていくことでしょう。

さて、とても親切に説明をしてくれた北村さんに別れを告げ、キャッスルロードを見学する事にしましょう。
歩き始めて気付いたのですが、キャッスルロードは他の道路と色が違います。些細な事ではありますが、観光客としては「ここから始まるよ~」というのが分かりやすいです。それに昔はアスファルトなんて存在しなかった訳ですから、土の色に近い方が町並みに合っていますよね。



最近ではすっかり見なくなったポストも発見です。


こちらも郵便局にお願いをして設置して貰ったというこだわりようです。
え?走っているバスまでレトロ!!これも仕掛けている事なのでしょうか??



キャッスルロードを一通り見終えると、彦根城へと向かいます。
おや?お堀に船を発見です。どうやら彦根城の内堀を一周出来るようですね。しかし既に営業時間は終わりの模様・・・。料金所を過ぎると、暫く長い階段を上ります。売店を過ぎ、立派な木の橋を渡ると・・・ようやく本丸に到着です。
思ったより小さいのですね。でも、さすが国宝!雰囲気があります。
記念にハイポーズ!!

hikonejo.jpg

今回の視察はあらゆる意味でとても勉強になりました。目的を達成する為に考え方の違う人達をまとめ上げていくという事は、会社経営にも同じ事が言えます。経営者の端くれとして、この経験を糧にしたいと思います。
また、地域活性化とは、あらゆる要素がうまく絡み合っての結果という事もよく分かりました。地域住民の意識と行政の考え方、社会情勢や物理的な要因。そして、それらのタイミングがうまくマッチしていかないと、大きな目標には到達出来ません。
山梨県には地域の活性化を考えて、各地でいろいろな取り組みを行っています。しかし、せっかく良い事をしているにも関わらず、あまり知られていなかったり、継続性を持たせることが出来なかったりと勿体ない状況です。これらの「点」が「線」になり「面」へと成長していけば、キャッスルロードを創り上げたような、大きなチカラへと変わっていくでしょう。
私も「面」へと成長できるひとつの「点」として、今後も勉強を重ねていきたいと思います。

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